『キングダム』6期13話(最終話)感想

『キングダム』6期感想

キングダム6期13話。あっという間の最終話でした。

大将軍の景色とは

蒙恬に続き、13話では王賁の活躍が描かれました。

状況は絶体絶命。しかし、その渦中にいる王賁はチャンスだと気づきます。

人生でも同じですよね。例えば、借金が300万円になった。絶望してしまう人もいれば、コツコツと働いて返済する人もいる。そうかと思うと、資金すらない状況から事業を立ち上げ、借金を返済するだけでなく資産を増やす人もいる。

人生という戦局でも、蒙恬の言うような「境遇に左右されることなく自分が主人公になり、自分勝手な景色を見る」人がいます。面白いですよね。

大将軍になる人と、ならない人の違いはなんなのか。

苦難に押しつぶされない精神力。活路を見出す知恵。無限にあふれる行動力はどこから湧いてくるのか。

結局自分自身への信頼、自信なのではないでしょうか。

夢を叶える人は、自分を卑下しない。自分を傷つける言葉を自分に向けない。信も、蒙恬も、王賁も、ただただ自分を信じ、他者には目もくれず、目的に向かって駆け続けている。

自分には素晴らしい力がある、無限の可能性があると信じる人は、他人に嫉妬なんかしませんよね。そんな恥ずかしいことはしない、する必要がない。

必然的に王者の風格へと近づく。そして、あらゆるものを貪欲に学び、成長する。

心の中に足を引っ張るような感情がないから、驚異的なスピードで成長し、自分自身が持つ本来の力や特質を発揮できるようになる。

蒙恬のような知恵、王賁のような武勇、信のような状況に屈しない驚異的な精神力。
そういう素晴らしい力が湧き、大将軍の景色が見えるのではないかなと思いました。

怒りと憎しみの違い

出番がなくて荒れる信が面白いですね。

蒙恬や王賁の活躍をみて、荒れる信には激しい怒りがありますが、憎しみや嫉妬はない。
信の苛立ちや怒りは、強さの源泉にもなっています。

人間の喜怒哀楽の感情には、正と負の側面があると思います。

他者の不幸を喜ぶのは、喜の負の側面。邪悪への怒りは、怒りの正の側面。

他者を不幸にする感情は負、自分自身を幸福にする感情は正。

しばしば、怒りの感情は「状況を打開する」ことに役立ちます。アニメでも、敵の悪行に主人公が怒りの感情を持ち、打破するシーンはよくありますよね。

自分が囚われている感情が、怒りなのか憎しみなのかを冷静に見る客観性も必要だなぁと思います。

状況の客観視

李牧から送られてきた趙軍の増援に、士気が下がる秦軍。

ここでも大将軍の視点で状況を把握した王賁の言葉で士気が回復しました。

状況を客観的に見る力は大切ですよね。自分が全体からみてどの位置にいて、どうするべきかを把握する能力は、選択を誤らないために必要な力です。

苦難の渦中に入ってしまうと、どうするべきかが分からなくなる。絶望的な状況だと感じて、戦う意欲を失ってしまうこともある。

いじめもそうですよね。意地悪な人が自分に悪口を言ったり、嫌な態度を取る。渦中に入ってしまうと、悪口や態度で受けた心の痛みに囚われて、どうしよう、辛い、もういやだ、という気持ちでいっぱいになってしまう。

でも、ちょっと客観的にみると「うわ。こんなことするんだ。ちょっとあの人、変な人なんだな。関わらないようにしておこう」と思ったり「身の危険を感じるから転職しようかな」と考えたりできるんですよね。心が萎縮しない。萎縮しないから対応策を考えられる。

王賁は、士気が下がったと感じると「明確な言葉」で、兵士に状況を理解させました。

客観的にみたら「全然不利じゃないぞ」と、大将軍の景色を兵士に「共有」したんですね。そのうえで、やるべきことを示した。委縮していた兵士は「ああそうか」と、状況を正しく見ることができた。

言葉の力ってすごいですよね。人の心を変える力がある。

心が変わることで戦局が動く。

大将軍は、人の心を勝利の方向へ導く存在なんですね。

『キングダム』6期まとめ

6期も面白かったです。あっという間すぎて「あれ?もう最終話?」となってしまいました。

今期は、蒙恬と王賁の活躍が楽しかったです。個人的に、蒙恬の左翼での奇襲にワクワクが止まりませんでした。

歴史小説などでは、戦闘時の軍の動きはよくわからないので、『キングダム』の戦闘の推移が説明されるところが、すごく斬新で面白いです。

7期も決定したとのことなので、楽しみに待ちたいと思います。

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