最近、AIで画像(イラスト)を生成した際に「つまらないなぁ」と感じたので、その理由を考察してみました。AI生成初心者の所感です。
AIイラストがつまらない理由
AIが画像生成するイラストが、個人的につまらないと感じる理由は、「AI自体に感情がないから」だと気づきました。
現代のAIは、構造的に回答を「確率」で選択して出力するため、イラストに表現される感情は全て学習データから抽出された人間の感情の模倣です。
しかも、そこに描かれる感情には時間的な連続も、関係性による変化もない。
この「人工的な感情」が、私にはとてつもなく不気味で、つまらなく感じられます。
AIは学習し続けていて、今も膨大な情報を蓄積しており、日々その不自然さが消え、場面にふさわしい感情表現が可能になってきています。実際、精巧な出力で違和感を感じさせない画像や動画も目にするようになってきました。
しかし、出力された結果は感情ではなく、人工知能が指示(プロンプト)に適していると判断したデータの集合体です。そこに表現されている感情そのものが「何か」を、出力したAI自体が理解していません。
人間が、喜怒哀楽でどのように眉を動かすか、目や口をどのように変化させるのか、という反応のデータとしてしか認識していないので、人間が表現する感情とは異質なものになりやすい。
創作物の魅力
私が絵画やイラストを見て「良いなぁ」と感じるのは、絵を描く人の感情に触れるからであって、それは千差万別で唯一のものなんですよね。
自分が絵を描く際には、心の中に沸き起こる感情や意欲など、目に見えない何かを表現しようとしていました。
それこそが人が創作活動に魅力を感じる理由だと思うんですね。
表現する、描くという創作作業には素晴らしい幸福感があります。創作するということには、結果にかかわらず、描くという行動自体に喜びがある。
また、そうした幸福感で描かれたであろう他者の作品に出会ったときは共感し、驚嘆し、世界の広がりを感じることにもなる。
私は人間の創作活動(音楽、写真、舞台など)は人が生きる上で感じた喜び、怒り、悲しみなどの感情のうねりを、この世界に留めるために存在するのでは?と思っています。
そして、感情、感動を留められた名作は、時代を超えて人々に共感を巻き起こす。
つまり、すべての創作物の魅力は、表現者の感情に触れることだと思うんですね。AI生成には、その根源的な魅力が欠けている。だから、つまらない。
AIがどれほど進化しても人が絵を描くこと、様々な方法で表現すること、そして、それを多くの人が楽しむことは続いていくんだろうなと感じました。
AIの役割とは
AIは、人が限られた人生の時間を価値的に使うために活用できる、素晴らしい技術だと思います。
同じ作業の繰り返しとか、人が苦痛に感じる作業や長時間を費やす作業などをAIが効率化する。
AIの活用によって、人はより自由に、創作や、やりたい事に時間を使えるようになる。
それが、本来のAIの役割なのではないかと思います
AI生成のメリット
私にとってのAI生成のメリットは、まず簡易的な作業用途として、この記事のサムネイルの作成などが挙げられます。数行のプロンプトを入力すれば、数秒で出力される。非常に便利です。
また、イメージをプロンプトとして入力するだけで、物語のキャクターデザイン生成や世界観設定のためのコンセプトアート生成も簡単にできます。
しかし、頻繁に使っていると、冒頭のように「つまらないなぁ」と感じるようになる。
工場で作られる大量生産のお菓子に飽きて、パティシエのケーキが食べたくなるのと同じです。
現代は、AIによってデザイナー、ライター、イラストレーターの仕事が減っているのは事実です。
これまでは専門家に依頼していたものが、AIで短時間で無料で作れるようになったためで、その流れは避けられないと思います。
しかし、大量生産のお菓子とパティシエが作るお菓子には、どちらにも良い面があり、場面に適した用途がある。
簡易的なデザインを短時間で必要としているときはAIを使う。
本の表紙など重要な用途では専門家に依頼するなど、必要な場面に、必要な方法を選ぶという選択肢ができた。
やはり人が作るものには、人を感動させる魅力があります。
AIが否定的に扱われる事もありますが、これからの時代はAIを有能なアシスタントとして活用する時代であり、専門家の創作物はこれまでより価値が増す流れになってきたのだと思います。
今後もAIの進歩に注目しつつ、人間が描く作品の素晴らしさや魅力を楽しんでいけたら良いなと考えています。
